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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(行ツ)70号 判決 1975年10月02日

上告人 小林正千代

右訴訟代理人弁護士 杉村章三郎 平山直八

被上告人 中村半三

右当事者間の東京高等裁判所昭和四六年(行コ)第二二号不当利得返還等請求事件について、同裁判所が昭和四九年五月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉村章三郎、同平山直八の上告理由について

論旨は、要するに、上告人が東京都北区の区長に在任中昭和三九年九月から同四三年九月までの間に同区から管理職手当として支給を受けた合計二四五万円につき不当利得の成立を認めた原判決には、地方自治法二〇四条、東京都北区長等の給料等に関する条例(昭和三一年一二月一日東京都北区条例第一三号。ただし昭和四三年九月三〇日同区条例第一九号による改正前のもの。以下「北区長等給料条例」という。)及び東京都の職員の給与に関する条例(昭和二六年六月一四日東京都条例第七五号。以下「都職員給与条例」という。)の解釈適用を誤り、かつ、審理を尽くさなかった違法がある、というのである。

一  地方自治二〇四条によれば、普通地方公共団体は、当該地方公共団体の長その他同条一項所定の職員に対し、給料及び旅費のほか、条例の定めるところにより同条二項の諸手当を支給することができるものとされており、この規定は、同法二八三条により特別区についても適用される。ところで、右諸手当のひとつである管理職手当は、職制上管理又は監督の地位にある職員に対し、その職の特殊性に基づいて支給される手当である(一般職の職員の給与に関する法律一〇条の二参照)。右のような職の特殊性に基づく給付は、本来、給料の額において考慮されるべきものであるが、地方公務員法二五条により職員の給与に関する条例で定められる給料表においては、管理又は監督の位置にある職員とそうでない職員とを含て等級ごとに給料の額が決定される関係上、その給料額だけでは管理又は監督の地位にある職員に対してその職務と責任に応じた適正な給与を必ずしも確保することができないために、給料とは別に右職の特殊性に応じた額を手当として支給することによって、給料を補充し、全体としての給与の調整を図ろうとするのが、右管理職手当の趣旨であると解される。この趣旨に照らして考えれば、管理職手当の支給対象としては、地方公務員法上前記給料表の適用を受ける一般職の職員がもともと予定されているものというべきであって、同法四条により右給料表の適用を受けない特別職に属する地方公共団体の長については、その管理又は監督の職にふさわしい一切の給料を含めた額を給料として個別的に条例で決定するのが本則であり、一般則の職員に対するように給料のほかに更に管理職手当を支給するというようなことは、給与体系上異例であるといわざるをえない(国家公務員については、特別職及びいわゆる指定職に属する職員につき、その俸給が管理職手当相当分を含めた額として決定されるべきであるとの趣旨から、管理職手当に相当する特別調整額は支給されないこととなっている。特別職の職員の給与に関する法律二条及び一般職の職員の給与に関する法律一九条の五参照)。しかし、そうであるとはいえ、地方公共団体の長の給与をいかに定めるかについては、それぞれの地方公共団体の実情を無視しえないものがあり、長も管理又は監督の地位にある職員である以上、当該地方公共団体が、給料の額のみでは長の右地位に対する給付として不十分であると判断し、別に管理職手当を支給する旨を条例で定めたとすれば、右手当相当額を給料に含めて支給することとした場合と実質的に異なるところはなく、前記給与体系上の建前もこれを絶対に許さないとするほどの強い要請であるとは解されない。

これを要するに、地方自治法二〇四条二項の規定の文言と右述の点を併せ考えれば、地方公共団体の長に対する管理職手当の支給は、条例に根拠を有するかぎり、これを直ちに違法無効とすることはできないというべきである。

二  そこで、本件についてみるに、北区長等給料条例四条は、「区長等に対しては、給料および旅費のほか法律に基き、一般職の職員について定められている諸手当を支給し、その額は、東京都有給吏員の例による。」と規定し、また、東京都北区職員条例(昭和三二年一月七日東京都北区条例第一号)三条により北区の一般職の職員の給与について準用される都職員給与条例九条の二は、管理又は監督の地位にある職員のうち特に指定する者に対して管理職手当に相当する特別調整額を支給することができる旨を規定している。これらによれば、北区長等給料条例四条にいう「一般職の職員について定められている諸手当」のうちには管理職手当も含まれているものと一応いうことができるが、その額については、同条例に直接具体的な規定はなく、単に「その額は、東京都有給吏員の例による。」とされているにとどまるので、これによって右手当の額を確定することができるかどうかを以下に検討する。

同条例四条にいう「東京都有給吏員の例による。」とは、東京都の有給の一般職の職員について適用される規定を包括的に準用する意味と解すべきところ、東京都の一般職の職員の給与について定めた都職員給与条例九条の二は、管理又は監督の地位にある職員のうち得に指定されたものに対して特別調整額の支給を認めるとともに、同条例九条の二第二項、九条二項は、その額につき給料月額の一〇〇分の二五を超えない範囲内において任命権者が人事委員会の承認を得て定めるものとし、これに基づき東京都知事の定めた給料の特別調整額に関する規程(昭和三二年四月一日東京都知事訓令甲第一〇号)二条及びその別表第一において、右特別調整額の支給を受ける者を東京都本庁の局長等相当職以下課長等相当職までの職員とし、その給料月額に対する支給割合を、局長等相当職が一〇〇分の二五、部長等相当職が一〇〇分の二〇以上一〇〇分の二五以内、課長等相当職が一〇〇分の一五以上一〇〇分の二〇以内と三段階に分けて規定している。このように東京都においては職によって特別調整額の支給割合に差等が設けられている以上、これを特別区の区長に準用するについては、右職のいずれが区長の職に相当するものであるかを確定しえなければならないが、区長の職の特別な地位にかんがみれば、関係条例等に格別の定めのないかぎり、これを確定することは法律上不可能であるというほかはない。所論は、東京都の部長の上位職が局長であり、区長は、東京都の部長と同格の特別区の部長の上位職であるから、少なくとも東京都の局長と同格であるとし、したがって、区長の管理職手当の額は、東京都の局長のそれと同じく給料月額の一〇〇分の二五となると主張するが、区議会によって選任され(ただし昭和四九年法律第七一号による地方自治法の改正まで)、独立の地方公共団体たる特別区を統轄・代表する区長の職について、所論のような比較の仕方により他の地方公共団体の一般職の職員の職との対応関係を論ずることは、とうてい根拠のあるものとはいいがたい。特別区は、地方自治法上、東京都という市の性格を併有した地方公共団体の一部を形成し、一定の限度において東京都からの統制を受けることとなっているが、それは、都市行政上の特殊な要請から特別区の自治権に制約を加えただけであって、特別区を東京都の行政区画とし、区長を東京都知事の単なる補助機関としたものではないことは、いうまでもない。したがって、右の所論は失当であり、都職員給与条例等の規定を区長の管理職手当の額の確定について準用する余地はない。

所論は、また、かりに右の準用ができないとしても、北区長等給料条例四条にいう「東京都有給吏員」のうちには東京都の副知事を含むから、東京都知事等の給料等に関する条例(昭和二三年九月二二日東京都条例第一〇二〇号)に基づく同条例施行規則(昭和三二年一〇月一日東京都規則第一一二号)二条二項所定の副知事の特別調整額に関する規定を区長に準用すべきであると主張する。しかし、地方自治法の「吏員」なる用語は、一般職の地方公務員で長の補助機関たる職員を指すものとして用いられており、北区長等給料条例が地方自治法に基づくものであることから考えれば、同条例にいう「東京都有給吏員」のうちに特別職に属する副知事を含むと解することは困難であり、同条例三条二項及びその別表第二が区長の旅費に関し副知事相当額を支給する旨を定めていることは、右の解釈を左右するものではない。

三  以上によれば、北区長等給料条例の準用する東京都有給吏員の例をもってしては、区長に支給する管理職手当の額を確定することはできないというほかなく、他にこれを確定しうる具体的な定めは同条例にないから、結局、同条例によって区長に管理職手当を支給することは許されない。したがって、上告人が支給を受けた本件管理職手当につき法律上の原因を欠くものとして不当利得の成立を認めた原判決の結論は、正当というべきであり、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 下多武三 裁判官 岸盛一 裁判官 団藤重光)

上告代理人杉村章三郎、同平山直八の上告理由

第一原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな地方自治法第二〇四条の解釈適用を誤った違法がある。

一、原判決は判決理由の二、(一)前段で、地方自治法第二〇四条第二項、第一項によれば、地方公共団体は特別職の職員に対しても、管理職手当、時間外勤務手当、宿日直手当その他各種手当を支給できる旨定められているが、これら各種手当の本来の性格から制約があり、特別職の職員は管理職手当の支給対象とならないと説示される。

しかし、本来の性格から特別職の職員が支給対象者となることのできない手当が同条に規定されていると解した原判決は、特別職の職員が初任給調整手当、特殊勤務手当、宿日致直手当、時間外勤務手当等同条所定の手当を受給していないという現実と法律解釈を混同しているものといわなければならない。

北区長当の給料は、東京都北区長等の給料等に関する条例(昭和三一年東京都北区条例第一三号、以下「北区条例」という。乙第一号証参照)別表第一に定額で規定され昇給という観念はない。したがって、区長等には初任給調整手当の支給はなされていないものであるが、地方公共団体の長等特別職の職員について、一般職の職員と同様に給料表を定め昇給を認めることも法律的には可能であり、同時に初任給調整手当を支給するという規定を条例で設けても違法となるものではない。

このことは、地方自治法第二〇四条二項が何らの留保をしていないことからも明らかである。

ところで、管理職手当は、常勤の管理又は監督の地位にある職員の職務の特殊性に基づき給与を補充し、給与全体を公正ならしめるため支給される附随的な給与である。いわゆる管理職は、部下を指揮監督すると同時に自らも担任の事務を処理するものであり、責任の度合も他の職員と比較しはるかに加重されており、労働基準法に定める勤務時間、休憩時間及び休日に関する規定も適用されないのである(同法第四一条第二号)。このことは、一般職である管理職の職員であると、特別区の区長を含む特別職である管理職の職員であるとを問わず同様であるのみならず、特別職である管理識の職員が一般職のそれに比しより高度の職責を有することは明らかである。

本来、特別職の観念は、職階制の適用その他近代的公務員制の適用に支障ある職種を一般職より除外する目的で設けられているもので常勤職と非常勤職の区別でないことはいうまでもない。特別職のうちにも常勤職のものが多く、常勤職に属する特別職の職員については、服務、給与の面において一般識の職員と同種の考え方をとるべきである。

而して常勤の管理職である職員の勤務態様、事務の量及び内容、責任の度合その他において他の職員と比較して特殊性を有することに着目し、管理職の職員に対して管理職手当を支給する必要があるという見地から、管理職手当が地方自治法第二〇四条第二項に規定されたのである。

管理職手当本来の性格から区長等の特別職の職員は、その支給対象とならないとの原審判旨は、右手当の性格を理解せず、地方自治法第二〇四条の解釈を誤ったものというの外はない。

二、原判決は判決理由の二、(二)の中段で、管理職手当は、任命権者が所定の機関(例えば人事委員会)の承認等を得て給料とは別個に支給される適正割合の手当(給料の特別調整額)をいうと説示される。

しかし、管理職手当の支給について人事委員会等の承認を必要とする法律上の根拠はない。

即ち、国家公務員について定めた、一般職の職員の給与に関する法律(昭和二五年法律第九五号)第一〇条の二第一項によれば、人事院は管理又は監督の地位にある職員の官職のうち人事院規則で指定するものについて、その特殊性に基づき俸給月額につき適正な特別調整額表を定めることができるが、この規定は国家公務員に適用されるものであり、地方公務院である特別区の区長等に適用されるものではない。

特別地方公共団体である特別区には、地方自治法又は地方自治法施行令で特別な定めをするものを除く外、同法第二編中市に関する規定が適用されるが(同法第二八三条第一項)、同法第二〇四条第二項は、普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員等に対し、当該地方公共団体の制定する条例で定めるところにより管理職手当等の諸手当を支給することができる旨を規定しており、任命権者が所定の機関(例えば人事委員会)の承認等を得て定めることを規定しているものではなくまた特別区には人事委員会は設置されていない。同条の趣旨は憲法第九二条の規定による地方自治の本旨に基づき、その自主性、自律性を尊重し地方公共団体に勤務する職員の給料、旅費及び管理職手当等の諸手当は、当該地方公共団体の議会が住民の意思を代表して制定する条例によって定めることのみを要請するものである。

原審判旨は、国家公務員のみに適用されるべき「一般職の職員の給与に関する法律」の規定と、地方公務員に適用される地方自治法の規定を混同しているのみならず地方自治の本旨を理解しないことに起因するものというの外はない。

三、原判決は判決理由の二、(一)後段で、特別区の区長は補助機関たる特別職及び一般職の職員の任命権者であり、同区にあっては行政上最高の指揮監督者であって行政上の任命権者も指揮監督者もないのであるから、管理職手当を支給することは適切でなく、その職責の重要性、困難性にふさわしい一切の給付を含めた額の給与を個々具体的に条例で定めるべきであると説示される。

しかし、区長が当該特別区にあって行政上最高の指揮監督者であることをもって管理職手当の支給を受けることが適切でないとはいえず、仮りに適切でないとしても、区長が管理職手当の支給付象とならないとする法的根拠はどこにもない。

特別区の区長は、当該特別区の事務(公共事務、団体委任事務、行政事務)の管理、執行を本来の任とし、併せて機関委任事務をも管理、執行する。機関委任事務については、主務大臣及び都知事の指揮監督を受けるものであり、区長以外の管理職の職員とその職務の執行に関しては本質的に異るところがないのみならず、組織内にあっては最高の指揮監督者である区長が最高責任者であり、最も重い責任を有するものであることはいうまでもない。管理職手当の支給割合は責任の度合に応じて定められるものであるが、原審判示のように区長より比較的責任の軽い職員が管理職手当の支給付象となり、最も責任の重い区長がその対象とならないとするのは恣意的、非論理的というの外はなく、特別区の区長が補助機関である特別職の職員及び一般職の職員と共に地方公共団体に勤務し、地方公共団体のなかで一定の地位を占め、地方公共団体に労務を提供することの反対給付として給料、旅費及び諸手当を受ける地方公務員としての本質において変るところのない地位、性格についての理解を欠いたことに起因するものである。

また、区長の職責の重要性、困難性にふさわしい一切の給付を含めた額の給料だけとするか、各地方公共団体の実情に応じた諸手当をも支給することとするかは当該地方公共団体の議会が決定すべき事項であり、地方自治法第二〇四条はその選択を条例に委せたものと解すべきである。従って、原審判示のように区長の職責にふさわしい一切の給付を含めた額の給料とすることが適切であるとは必ずしもいえないのであって、区長の受ける給付の内容を個別的に明らかにし、常に一般職の職員との比較、調整を可能にし、当該地方公共団体の給与体系の公正と均衡を保ちうる定をすることがより適切であるともいいうるのである。

仮りに、区長を含む特別職の職員の給料は、当該職務に対する一切の給付を含めて決すべきことが適切であり、したがってこれらの者に管理職手当を支給することが適切でないとしても管理職手当支給の根拠が条例上存する限り、当、不当の問題を生ずるのみであって、違法となることのないのは前述したことから明らかなところである。

原審判旨は実定法の解釈論と立法論を混同したものというの外ははない。

第二原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな「北区条例」及び職員の給与に関する条例(昭和二六年東京都条例第七五号、以下「都条例」という。)の解釈適用を誤った違法がある。

一、原判決は判決理由の二、(二)前段で、「北区条例」第四条で準用しているものと解される「都条例」第九条の二及び第九条第二項の規定に基づき任命権者が人事委員会の承認を得て、受給者の範囲及び額を定めた「給料の特別調整額に関する規程」には、右受給者の範囲を一般職の職員のうち地方自治法第一五八条所定の組織上本庁の局長に相当する職員以下及び特別区の部長に相当する職員以下等と定め、右受給者の範囲から特別職の職員を除外していることが認められることを理由として、「東京都北区長等の給料等に関する条例」第四条に定める諸手当中には、管理職手当はふくまれていないと説示される。

しかし、区長等に管理職手当を支給すること自体は、既に「北区条例」第四条に規定されているところであって、この点につき「給料の特別調整額に関する規程(昭和三二年東京都訓令甲第一〇号、以下「都訓令」という。)」を準用する必要はまったくない。

即ち、昭和三一年六月一二日公布にかかる地方自治法の一部を改正する法律(昭和三一年法律第一四七号)により、同法第二〇四条第二項に明文をもって管理職手当が置かれたことに伴い、東京都北区議会は、昭和三一年第四回区議会定例会において、「東京都北区長、助役及び収入役の給料及び旅費条例(乙第一〇号証参照)」を廃止したうえ前記の「北区条例」を制定し、その第四条で「区長等に対しては、給料および旅費のほか法律に基づき、一般職の職員について定められている諸手当を支給する」旨を定めたのである。

ところで、一般職の職員について定められている諸手当のうち管理職手当については、「北区条例」の制定公布よりも前に制定公布されていた「都条例」第九条の二に明文の規定が置かれていたものである。

右のとおり、区長等に管理職手当を支給するということ自体については「北区条例」第四条及び「都条例」第九条の二の規定によって解決されているにもかかわらず、原審判旨はこの規定を無視し、あえて、管理職手当の受給者としての指定についてまでも「都訓令」を準用するという誤りをおかしたものというの外はない。

二、原判決は判決理由の二、(三)中段及び同二、(四)で、仮りに特別区の区長に対しても管理職手当の支給を認めるとしても、その額の決定について、東京都職員について定めた給与に関する各規定によることを得ないのはもちろんであるから、特別職の職員を除外して規定した「都訓令」第二条所定の別表第一を準用することはできない旨説示される。

しかし、条例で如何なる規定を準用するかは、条例の立案技術上の問題に過ぎず、一般職の職員に関する規定を特別職の職員に準用することも、特別職の職員に関する規定を一般職の職員に準用することも、共に立法機関である区議会の裁量に属するものというべく、このような例は地方公共団体の条例には、しばしば見受けられるところであり、右の規定を無効と解すべき法的根拠はどこにもない。

ところで、東京都北区は、一般職の職員に管理職手当の支給を開始した昭和三二年四月一日に、区長当特別職に対しても右手当の支給を開始した。

区長等に対する右手当の額については「都訓令」第二条所定の別表第一中一等級の職務にある者である局長等に関する規定を準用し、右局長等に定められた支給割合によって計算した額をもって区長等に支給すべき管理職手当の額とした。即ち、特別区に勤務する一般職の職員の最高上位は、二等級の職務にある部長等であり、区長等の特別職は、これ等一般識の職員を指揮監督する地位にあるから、二等級の職務にある者の直近上位であり、かつ、同表の最高支給割合を定めた一等級の職務にある局長等に関する定めを準用することは、知事、副知事、都の局長等との間における身分上の序列及び後述の東京都と特別区の間の特殊な関係を考慮し、給与体系を乱さないという趣旨からしても当然というべきだからである。したがって、右の「北区条例」、「都条例」及び「都訓令」の解釈適用は極めて正鵠を得ているといわなければならない。

仮りに、原判決説示のように「北区条例」が区長に支給すべき管理職手当の額について「都訓令」第二条所定の別表第一中「局長等」について定めた規定を準用する旨明文を以って定めていないから、直ちに右の「局長等」に関する規定を準用するわけにはいかないとしても、「北区条例」第四条の「東京都有給吏員」という概念は、一般職の職員は勿論、特別職である副知事等をも含むものである(地方自治法第一五三条)。従って、副知事の管理職手当について定めた「東京都知事等の給料等に関する条例施行規則(昭和三二年東京都規則第一一二号。乙第七号証参照)」第二条第二項に定めた副知事の管理職手当に関する規定が準用されるとも解しうるものである。

東京都は、昭和三一年法律第一四七号によ地方自治法の一部改正が行なわれた翌年の昭和三二年一〇月一日公布にかかる「東京都知事等の給料等に関する条例施行規則」の附則第一項の規定に基づき、同規則第二条第二項の規定を、東京都北区が区長等に管理職手当の支給を開始したと同時期である昭和三二年四月一日まで遡及適用し、副知事に対し管理職手当の支給を行なっていたものである。従って、同年一〇月一日には東京都副知事の管理職手当の額は客観的に定まったのであるから、区長に支給すべき管理職手当の額も、同年一〇月一日に確定したものといえる。そして、副知事の管理職手当に関する右規定は、同年四月一日は遡及び適用されたのであるから、同年四月分から同年九月分までの区長等が受給した管理職手当も法令上の根拠を有するものである。

このことは、「北区条例」第三条第二項が、区長等に支給すべき旅費の額を定めるに当り、別表第二で、区長については「東京都知事等の給料等に関する条例(昭和二三年東京都条例第一〇二号)」第三条中副知事相当額と定め、助役及び収入役については「職員の旅費に関する条例(昭和二六年東京都条例第七六号)」中一等級の職務にある者相当額を定めており、管理職手当等の諸手当を規定した「北区条例」第四条は、同条例第三条の規定を受けて規定されたものと解することもできるのであって、後述する東京都と特別区の特殊な関係から「北区条例」の解釈論としては極めて正当なものといえる。右のように解することが正しいとすれば、「北区条例」第四条が区長等に支給すべき諸手当の種類については「一般職の職員について定められている諸手当」と規定し、その額については「東京都有給吏員の例による」と規定し言葉を使い分けているのであるから、区長が受けるべき管理職手当の額は、東京都有給吏員のうち特別職である副知事について定められた額とし、助役及び収入役については、東京都有給吏員のうち一般職である一等級の職務にある局長等について定められた額とする趣旨と解すべきことになるものといわなければならない。

右の東京都副知事に対する管理職手当は、昭和三二年四月分から支給され、以後特別区区長会で区長等の管理職手当について、これを受給しないこととする申し合せがなされ、上告人が右手当を辞退するに至った昭和四三年一〇月よりも後である昭和四六年四月頃まで支給されていたものである。

区長が受給した管理職手当は、法令上根拠のない手当であり不当利得となるものと判断した原判決は、前記の条例等の解釈を誤ったのみならず、審理不尽の違法をも有するものというの外はない。

三、原判決は判決理由の二、(三)で、東京都北区が、「北区条例」を制定した昭和三一年一二月一日当時において、東京都の条例である「都条例」第九条の二及び第九条第二項の規定に基づいて定められるべき「都訓令」が制定施行されておらなかったこと等の経緯から、「北区条例」第四条の諸手当には管理職手当は含まれないと解するのが合理的であると説示される。

しかし、原判決における右の判断は東京都と特別区の沿革及び特殊な関係を理解しないことに起因するものである。

特別区は、その当初(昭和二一年)においては、市に関する権能が認められていたが、昭和二七年の地方自治法の一部改正により都の内部的構成団体の色彩を帯びるようになった。一方都は二三区の存する区域について大都市としての性格を有し行政の一体性を確保する必要があることから、条例で特別区の事務について特別区相互間の調整上必要な規定を設けること(地方自治法第二八二条)、都と特別区及び特別区相互間の財政調整上必要な措置を講ずること(同法第二八二条第二項)、都の職員を特別区に配属すること(同法施行令第二一〇条第一項)等が認められ、特別区に勤務する職員の大多数は都からの配属職員によって占められているものである。これ等配属職員は、任免、給与その他すべて都の条例規則及び規程が適用されるが、特別区には右の配属職員の外に特別区の固有職員(同令第二一〇条第二項)相当数がおり、これら固有職員の給与等に関しては、東京都北区職員条例(昭和三二年東京都北区条例第一号)により、すべて東京都職員に関する条例を準用する旨を定め、都配属職員と特別区固有職員との平等取扱いが図られているものである。

特別職である区長、助役及び収入役についても前述の都と特別区の沿革及び特殊な関係から東京都の特別職である職員及び一般職である東京都職員との均衡を保つ必要を認め旅費については、前述のとおり区長は東京都の副知事相当額、助役及び収入役は一般職である一等級の職務にある者相当額と定めているものである。

原審判決説示のように、「北区条例」第四条の解釈から、同条の諸手当のなかには管理職手当が含まれないものとすると、区長の給料は、区長の指揮監督に属する二等級の部長等が受ける給料、管理職手当等の合計額とほぼ同額となりまた、東京都の一等級の局長等が受ける右の合計額を下廻る結果となり、東京都の職員と比較しても、また特別区の内部においても著るしく均衡を欠くこととなり、給与体系の公正な均衡を保つことは不可能となる。

「北区条例」の制定の経緯は前述のとおり、昭和三一年法律第一四七号により地方自治法の一部改正に伴うものである。このことは、乙第一号証による「北区条例」の制定年月日からも、同条例第四条が「区長等に対しては、給料および旅費のほか法律に基づき、一般職の職員について定められている諸手等を支給し」と規定していることからも明らかである。さらに、一般職の職員について定めた乙第二号証による「都条例」第九条の二の規定が、「北区条例」の制定公布よりも前に置かれていたものであるが、原判決は、これ等の事実をすべて無視し、乙第三号証による「都訓令」の制定施行が「北区条例」の制定公布よりも後の昭和三二年四月一日であることを以って「北区条例」第四条の諸手当のなかには管理職手当はふくまれていないと判断したものであるが、「都訓令」及び「東京都副知事当の給料当に関する条例施行規則」は、「北区条例」の定める管理職手当の「額」を確定することについてのみ意義を有するものであり「北区条例」第四条所定の管理職手当に関する規定を施行するためのいわは施行期日を定める法律又は条例若しくは規則と同性質の法令というべきものである。「北区条例」第四条所定の管理職手当に関する規定は、右の「都訓令」及び「東京都知事等の給料等に関する条例施行規則」の制定施行をまって施行されたものというべく、何らの違法性を有するものではない。

第三結論

以上の第一及び第二に述べたとおり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤り及び申立不尽の違法があり当然破棄されるべきものである。

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